東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)201号 判決 1982年5月27日
原告 日本臓器製薬株式会社
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和五二年審判第七八五〇号事件について昭和五六年六月九日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四九年一月九日、別紙第一のとおりの構成よりなる商標(以下、「本願商標」という。)につき、第四類「せつけん類、歯みがき、化粧品、香料類」を指定商品として商標登録出願をし、その後、昭和五〇年六月二三日付出願変更届書をもつて、登録第八〇六九三六号商標と連合する商標登録出願に出願変更したが、昭和五二年一月二〇日拒絶査定を受けたので、同年六月一七日これに対する審判を請求し、特許庁昭和五二年審判第七八五〇号事件として審理され、昭和五六年六月九日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は同年七月六日原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
本願商標の構成及び指定商品は、前項記載のとおりである。
これに対し、本願商標と連合する商標として掲げられた登録第八〇六九三六号商標(以下「原告登録商標」という。)は、別紙第二のとおりの構成より成り、第四類「せつけん類、歯みがき、化粧品、香料類」を指定商品として、昭和四一年九月五日に登録出願され、昭和四四年一月三一日に設定登録されたものであるが、その後、昭和五四年八月二九日に商標権存続期間更新の登録がされているものである。
そこで、本願商標と原告登録商標との類否について、まず外観の点から検討するに、本願商標は細線をもつて欧文字のZに似せたように描いた輪郭内の下部左辺に「」の図形を配して成るものであるのに対し、原告登録商標は「」の図形の下部の黒塗りの横長長方形内に商標を表示した書面と同じ色彩(白色)で抜いたように「N・Z・K・」の欧文字を表わして成る関係上、本願商標における「」の図形部分と原告登録商標は、「N・Z・K」の欧文字の有無により外観上別異の印象を与えるばかりでなく、本願商標は前記のような細線の「Z」状の輪郭図形と、その中に配された「」の図形部分とが調和よく融合し一体となつているとみられるから、別紙第二に示すとおりの構成に係る原告登録商標とは全体の構成において顕著な差異を有するものと判断される。したがつて、両者は、時と所を異にして離隔観察しても外観上互に相紛れるおそれはないものとみるのが相当である。
次に、称呼及び観念の点からみると、本願商標はその構成からして特定の称呼及び観念を生ずるとは理解し得ないものである。これに対し、原告登録商標は、図形部分より特定の称呼及び観念を生ずるものとはいいがたいところであつて、「」の図形中に表示された「N・Z・K」の欧文字の部分より「エヌ・ゼツト・ケー」の称呼を生ずるとしても、該文字は特定の意味合を表現する文字より成るとも理解し得ないものである。したがつて、両商標は、称呼及び観念の点においても比較すべくもない非類似の商標といわなければならない。
そうであれば、本願商標と原告登録商標とは、外観、称呼及び観念のいずれよりみても非類似の商標であるから、本願商標は、商標法第七条第三項の規定により連合商標の登録を受けることができない。
三 本件審決の取消事由
原告登録商標の構成及び指定商品等についての審決の認定は争わないが、審決は、次の点において違法であるから、取消されるべきである。
1 審決が、本願商標と原告登録商標とは外観において類似しないとしたのは誤りである。
本願商標の構成は、黒色の細線によりローマ字「Z」の輪郭をと大きく描き、該輪郭内下部左辺にローマ字「Z」を図案化したの図形を表わしてなるものである。そして、本願商標は特に色彩を付すべき範囲を限定していないからの輪郭内の地色の部分はの図形の部分を除き商標の一部でないものとみなされる部分である。本願商標の構成を他の言葉をもつて表わせば、たとえば、黒色の細線を折り曲げて状とし、その細線によつて囲まれる空間すなわち、輪郭内の下部左辺にローマ字「Z」を図案化したの図形を配置してなるものということができる。したがつて、本願商標の構成において、の輪郭は、いわばの図形がローマ字の「Z」であることを強調するためのの図形の背景として、描かれたものであり、その外観上看者に与える印象は極めて弱いものといわなければならない。また、商品流通社会における経験則からいつても商標の実質的部分を細線の輪郭によつて表現するというようなことはありえない。本願商標において一見直ちに世人の注意を惹起する部分は、ローマ字を図案化してなるの表示であり、この部分が本願商標の要部を成すものであることは明らかである。
これに対し、原告登録商標において世人の最も印象を深くする部分は、ローマ字「Z」を図案化したの図形であり、その下部に表わされたN・Z・K・の文字は、その字体が小で余程注意してみないと認識しがたいものであるから、引用商標において要部をなすものは、の図形であるといわねばならない。
そうであれば、両者は外観において類似し、これを類似しないとした審決は誤りである。
2 審決が、本願商標と原告登録商標とは称呼において類似しないとしたのは誤りである。
本願商標は、ローマ字の「Z」の原形を失わない程度に図案化したの図形の強調的背景として細線の「Z」状の輪郭図形を用いたもので、「Z」の文字を中心とする商標であることが明らかであり、したがつて、「ゼツト」印の称呼をもつて取引されるのを自然とするものである。
これに対し、原告登録商標は、原告会社の社標として著名な「ゼツトのマーク」を表わしたものであるから、これより「ゼツト」印の称呼を生ずることが明らかである。
そうであれば、両者は称呼においても類似するというべきである。
第三被告の陳述
一 請求の原因一及び二の事実は、いずれも認める。
二 同三の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。
1 原告は、本願商標において、世人の注意を惹起する部分は、「」の部分であり、これが本願商標の要部を成すものである旨主張する。
しかしながら、本願商標は、単なる輪郭としてありふれて普通に用いられる円輪、長方形のような輪郭図形とは異なる特異な形状より成るの図形との図形を構成要素として、調和よく全体を一体のものとして纒めた構成より成るものであるから、の図形部分が単に付記、付飾的な図形とは到底みられないものである。したがつて、の図形部分のみが本願商標の要部であるという原告の主張は理由がない。
また、原告は、原告登録商標においての図形の下方長方形内の「N・Z・K・」の欧文字は、小さく表示されていて認識しがたいものであるから、最も印象を深くする部分はの図形にある旨主張する。
しかしながら、原告登録商標は、黒く塗りつぶした同大の横長長方形の図形を上下に並べ、上部長方形の右部分と下部長方形の左部分とを細い斜線で結び、下部長方形内に白抜きのように「N・Z・K・」の欧文字を顕著に配した構成より成るものであり、右「N・Z・K・」の欧文字は右商標の構成要素として構成上不可欠なものであるから、の図形が強く印象づけられるということはできない。
そうであれば、両者は外観において別異の印象を与えるものであり、外観上類似する商標とは認めがたい。
2 原告は、本願商標及び原告登録商標は、いずれも「ゼツト」印の称呼をもつて取扱われるものである旨主張する。
しかしながら、本願商標のの図形内に配されたの図形と、原告登録商標のの図形は、黒く塗りつぶした同大の横長長方形を上下に並べ、上部長方形の右部と下部長方形の左部を細い斜線で結んで成るもので、これらの図形はその形象よりみていずれも欧文字の「Z」を表現したものとは到底みられないものであり、独特の図形としてのみ認識されるものである。したがつて、本願商標及び原告登録商標からは「ゼツト」の称呼は生じ得ない。
また、原告は、原告登録商標は、原告の社標として著名な「ゼツトのマーク」を表わしたものであるから、これより「ゼツト」印の称呼が生ずることが明らかである旨主張するが、原告登録商標が「ゼツト」印としてその指定商品である商品の区分第四類について、原告の商品を表示するものとして需要者間に広く認識されているとの事実は、知らない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について判断する。
原本の存在並びに成立について争いのない甲第二号証によれば、本願商標は、別紙第一記載のとおり、黒色の細線でローマ字「Z」の輪郭を大きく描き、その輪郭内の下部左辺に黒く塗りつぶした同大の横長長方形の図形を上下に並べ、上部長方形の右端下部分と下部長方形の左端上部分を斜線で結んだ、ローマ字「Z」を図案化したと認められる図形を配したものであることが認められるところ、右のうち、下部左辺の図形は、上下の横長長方形部分が太く黒く塗りつぶされている関係もあつて、細線で大きく描かれた「Z」の輪郭部分よりも看者の注意を惹き易く、本願商標を全体的に観察しても、この部分が最も注意を惹くものと認められる。
一方、成立について争いのない甲第三号証の一によれば、登録第八〇六九三六号商標(原告登録商標)は、別紙第二記載のとおり、同大の横長長方形の図形を上下に並べ、黒く塗りつぶした上部長方形右端下部分と、黒地に白抜きで「N・Z・K・」と欧文字を横書きにした下部長方形左端上部分を斜線で結んだものであり、若し下部長方形部分が黒く塗りつぶしてあるならば、それは、本願商標の黒色の細線による「Z」字の輪郭内下部左辺の「Z」字を図案化した図形とほとんど同一のものと認められる。
そこで両商標の類否について考えるに、本願商標においては、左下の図形部分が最も人の目を惹く部分であり、この図形と原告登録商標中「N・Z・K・」の文字部分を除いた図形部分の形はほとんど同一であると認められる点からして、原告登録商標中「N・Z・K・」の文字部分は、原告主張のごとく、字体が小さいからよほど注意してみないと認識しがたいものであるということはできないが、それにもかかわらず、本願商標と原告登録商標の両者は、離隔的に観察しても、なお外観において類似するものというべきである。
被告は、本願商標は、特異な形状より成る輪郭部分の図形とその左下の図形を構成要素として、調和よく全体を一体のものとして纒めた構成より成るものであるから、左下の図形部分のみが本願商標の要部であるとはいえない旨主張する。
しかしながら、要部と定義され得るかどうかはともかく、前述のとおり、本願商標を全体的に観察しても、その左下部分の図形は、最も看者の注意を惹く部分であるから、右部分のみが本願商標の要部ではないとし、本願商標と原告登録商標とは類似しないとする被告の主張は結局において理由がない。
被告は、また、原告登録商標の構成のうち、「N・Z・K・」の欧文字部分は右商標の構成要素として構成上不可欠なものであるから、右文字部分を除いた図形部分が強く印象づけられるということはない旨主張する。
しかしながら、原告登録商標において、その文字部分が構成上不可欠であるからといつて、そのために図形部分が強く印象づけられることはないということはいえない。被告の主張は理由がない。
右のとおりであつて、両商標を外観において類似しないとした点で、審決は商標類否の判断を誤つた違法のものであるから、その他の点についての判断をするまでもなく、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高林克巳 楠賢二 杉山伸顕)
別紙
第一
第二